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2019年8月18日 日曜日

ピーター・フォンダさんが亡くなりましたね

8月16日、ピーター・フォンダさんが79歳で亡くなりました。

彼の名前を聞けば、バイク乗りなら誰でも(若い人は別かな?)映画「イージーライダー」を思い起こさせると思います。 今からちょうど半世紀50年も前の1969年に公開されたこの映画は観たことはなくても、その中で流れていたステッペンウルフのBorn To Be Wild(ワイルドでいこう!)を一度は聴いた事があると思います。
私としては正直、ストーリー的には今一つという感想ですが、バイク特にハーレーのイメージを強烈に印象づけさせてくれた映画です。

腕時計という自由を縛るモノを投げ捨て荒野に走り出す最初のシーンは印象的ですし、アメリカの広大な土地を自由に二台で走り続ける映像は、いつもバイクでの旅こころを揺り動かしてくれます。

そしてラストのこのシーンを初めて観た時はまだ10代でしたので衝撃的でした。

この映画に登場したキャプテン・アメリカ号のチョッパーが私の中でもハーレー・ダビッドソンのイメージとなりました。
今乗っているハーレーは、ヘリテイジ・ソフテイル・クラシックのツーリングモデル風カスタムですが、ハーレーを買う時に最初に候補に挙げていたのはチョッパー的なイメージのあるローライダーでした。 実際にはタンデムで乗る事を考えるとリアシートに背もたれが必要で泊りがけの旅行でも二人分の荷物が満載できるモデルとなるとローライダーは候補から外れてしまいました。

そんな彼はこの映画から38年後の2007年公開の映画「Wild Hogs(団塊ボーイズ)」で、再びハーレーにまたがってダミアン・ブレードという役で登場してきました。 ちなみにこの映画でも吹き替えは今は無き「那智チャコパック」の(知っている人はかなりのお歳でしょう)野沢那智さんでした。

ピーター・フォンダさんのご冥福をお祈りします。


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2016年3月28日 月曜日

今でも新幹線から太陽の塔が見える

先日、出張に行ってきた大阪の町イメージといえば、「ノリのいい人々」「商売上手」「粉モンの食べ物」…etc

でも私にとって大阪といえば、1970年に開催された万博、その中でも一番印象深いのは「太陽の塔」です。


 

小学校6年生から中学1年になった年で、東京から二度行ってきました。

一度は春に父と二人で、もう一度は夏休みにいとこ達の家族と一緒でした。

どうしてもアポロ月着陸船と月の石が見たくて、わがまま言って4時間も並びました。

そして万博終了7年後(今から37年前)バイクの免許を取って1979年に東京から関西、四国九州に三週間の野宿ツーリングに出た際、わざわざ万博会場まで行って見てきたのでした。


 

 

その後社会人になり大阪に出張に行く機会は増えましたが、なかなか万博会場に行くことはありませんでした。

でも数年前から訪れることがあり、今でも太陽の塔が当時のままの姿で残っているのがとても印象的でした。

一番上の写真は最近撮影したものです。

そして気になるのが、「新幹線から太陽の塔は見えるのか?」と言うことです。

調べてみても昔は建物も少なく、いろんな場所から新幹線の車窓で太陽の塔が見えたようです。

でも高いビルが増えてくるにつれ「見えた」という情報がなかなか見つからくなりました。

最近の情報も少なく、実際に見えている写真やどこから見えるのか場所もわかりませんでした。

かろうじて、大阪駅に近くなってからではなく、京都駅との間で見えるということがわかりました。

何度かの出張で探しているうちにようやく見つけることができました!

でも遠いのでかなり小さくしか見えないのと、正面からではなく横から見た姿になっています。

位置関係としてはこんな感じになります。


 

そのため見える姿はこのような角度からのものです。


 

今回の出張以降、いつ新幹線に乗るかわからないので写真に撮って、見える場所も紹介することにしました。

といっても出張のついでなのでコンパクトデジカメしか持っていけなかったので写真もわかりにくいかもしれません。

望遠レンズを付けたデジ一ならもっと鮮明な写真が撮れるでしょうね。

 

前置きが長くなりましたが、新幹線のぞみ号から見える太陽の塔ですが、京都駅を出発してから7分弱過ぎた頃から見え始めます。

わりとはっきり見えてくる位置はこのあたりでしょうか。

のぞみ号で京都駅を出発してから6分51秒後です。


 

この位置から撮った写真がこちらです。

進行方向右側の席(E席)で、真横より少し前方になります。


 

わかりにくいので見える部分を切り取って拡大してみます。

この日は雲が多くてはっきりしにくいですが、他の建物とはあきらかに違う丸くて前傾していて赤い筋のようなものが見えると思います。

正面ではないので黄金のマスクはわかりにくいですが、そこから伸びているアンテナのような棒はうっすらとわかるでしょう。

晴れていればもっとはっきりわかります。


 

この場所の地図をGoogle Earthで俯瞰してみると、2つ上の写真に写っている茶色いマンション(?)がわかると思います。


 

さらに進んだところです。


 

これも拡大してみます。


 

Google Earthでほぼ同じ位置を描写してみました。


 

そしてもう少し先です。


 

前の方には陽がさして白く光っているのがわかります。


 

そして最後のほうです。

場所はここ。

最初の地図の位置、写真からはほんの30秒ほどの移動、京都駅から7分20秒後です。


 


 

今までのより少しだけ前から見る位置になります。


 

 

私が提供できる情報は以上です。

太陽の塔に興味がある方、新幹線に乗ったら大阪に着く前に気をつけて見ているときっと見つかると思いますよ。


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2015年10月14日 水曜日

四国ツーリングで行った場所は?

先週、出張で四国、愛媛県の松山に行ってきました。

今回が生まれてから二回目の四国入りになりました。

この前行ったのはなんと39年前、昭和54年1979年の夏でした。

東京から長野を経由して京都・大阪・神戸と走ってから四国に入り、その後九州を一周して再び本州に戻り、山口、広島と走ってから日本海側を通って再び京都へ、その後静岡、神奈川と回ってから東京に戻るという、三週間、野宿ツーリング、総費用5万円の西日本一周ツーリングでした。

前の年に原付で東日本から東北一周したのと合わせて、北海道と沖縄以外の日本一周ツーリングの一環でした。

このツーリングに関しては以前にも少しだけ簡単に書いた事がありましたが、今回初めて載せる写真もあって少し長くなりますがその四国ツーリングについて書いてたいと思います。

 

前の年に原付に乗り始め、その年の12月に中型二輪免許を取得、乗っていたバイクはホンダのホークでした。

「やかんタンク」「座布団クッション」と揶揄されることもありました(私のホークは後期型なので角タンクでした)が、その分長時間ツーリングには乗りやすいバイクでした。

テントは無し! タンデムシートの振り分けバッグには工具やスペアパーツ、キャリアに寝袋と着替えだけ乗っけての野宿旅です。

荷物の上に載せた赤い寝袋が、ほかのライダーに「私は泊まりのツーリングだぞ!」とアピールしていました。

ゴムベルトで留めているコロナのタンクバッグやリアの泥よけが当時のツーリングバイクらしさを醸し出していますね。


 

晴れていれば神社や公園などで星空の下で、また無人駅や大きな駅(青森、秋田、京都など)や街道沿いの24時間コインスナックなどで寝袋に潜り込んで眠りについていました。

 

四国へは、京都、大阪と走ってきて神戸でフェリーに乗るつもりだったのに通り過ぎてしまったので明石のフェリー乗り場から淡路島に渡りました。

この時が生まれて初めてのフェリーだったので、「バイクで船に乗る」「鉄板の上を渡る」というので非常に緊張しましたが、乗ってしまえば「なんだこんなものか」と、それ以降何度もフェリーを利用するようになりました。


 

初めて上陸した淡路島。

福良の海岸。


 


 


 

食事も観光もせずに、バイクでびゅーんと走ればすぐ端っこまで来てしまう小さな島。

小学校で習った時には大きな島だと思っていましたが、バイクで走ると「日本はけっこう自分で全部回れるぞ!」と感じるようになりました。


 

ふたたびフェリーに乗って今度は初めての四国、徳島です。

走っているクルマはみんなドアミラーでなくフェンダーミラーでした。


 

徳島のフェリー港に着いたのは夕闇もすでに暗く暮れかかった時刻でした。


 

この時フェリーから降りたバイクは三台。

ホンダCB750KとSR400、そして私のホークです。

もう日も暮れて暗くなってきたので野宿する場所を探すのも大変そうでした。

それに一緒になった二人のライダー、名古屋のCB750Kさんと大阪のSR400さんと一緒にどこかに泊まろうという事になりました。

しかしちょうどその日は徳島県最大イベント「阿波踊り」の真っ最中の日でした。

当然こんな日のこんな時間に空いている宿はなく、途方にくれるライダー三人。

「こんな時は地元のタクシーの運転手に聞くのが一番。 どこか空いている宿はないか、それに交渉までお願いするのがいいだろう」という事になって港に停まっていたタクシーにお願いします。

何軒か電話してくれるもほとんど全滅状態。

そんな中ようやく一軒だけ「部屋は空いてないけど困っているようだから布団部屋でよければ泊まらせてあげるよ」と言ってくれた民宿が見つかりました。

小躍りした私たちはタクシーの後にバイク三台繋がって隣の小松島港の民宿「みはらし」さんに泊まることが出来ました。

当然夕食など用意してもらえないので、ライダー三人でその辺の定食屋に繰り出し、はじめてあったばかりの人間ですが、そこは三人とも「バイクでの旅好き」という共通の話題で夜がふけるまで盛り上がっていました。

結局用意してくれていた布団部屋にもぐり込んだのもかなり夜が更けてからだったような記憶が、、、あまりありません(笑;

 

翌朝、それぞれ向かう方向がばらばらの三人、三台。


 

一緒に写真を撮ってお互いの安全を願いながら手を振って走り去っていきました。

当時のツーリングバイクには、今のようなハードのバニアケースを乗せている人はほとんどいなくてバッグに荷物を積んでいました。

そのかわりコロナのタンクバッグは定番でしたね。


 


 

私は特に走るルートは決めていませんでしたが、せっかく海に囲まれた四国に来たので出来るだけ海岸線に沿ってそれぞれ突端の岬を回ることにしました。

徳島から左手に海を眺めて半時計回りに走ります。

室戸岬へ向かう国道55号、「コント55号」が流行っていたのでこの標識がうれしくなって撮影したのかな。


 

1970年代当時のツーリングは便利さが今とはだいぶ違います。

カーナビなんてものは当然ある訳ないので、頼りになるのは全国版の日本地図とクルマ用のコンパスだけ、それに加えて重要なのが「野生の勘」。

これで「徳島から南の方に行けば高知県」ていう具合に走っていきます。

当時はタンクの上のコロナのツーリングバッグはお約束の必需品で、この背中にある透明ポケットの中に地図を入れて信号待ちで停まるたびに道路標識や案内板を頼りに現在位置と行き先をチェックしていました。

天気予報もスマホで雨雲レーダーをチェック、という訳にはいかず、雲の形や流れかた、肌に感じる湿度で予報していました。

 

ここは途中で休憩したどこかの国民休暇村です。

外車のスポーツカーが珍しかったんでしょう。


 


 

 

今回の「四国編」では32枚の写真を掲載していますが、撮影好きな私なのでこれでもかなり撮ったほうです。

今のようにデジカメがあったらたぶんこれの10倍以上撮影していたことでしょう。

カメラも銀塩フィルムですから、フィルム代・現像代・焼き増し代なども高くて、デジカメのように「いいやとりあえず撮っとけ!」的にいっぱいの写真を撮ることは出来ませんでした。


 

 

「室戸岬」には無事に到着しました。

御厨人窟に続く弘法大師修行之処


 

「おさご」という絶世の美女にまつわる伝説のある「ビシャゴ岩」にて。

バイクから離れて観光するときは貴重品の入ったタンクバッグを肩に掛けていくのも当時の定番です。


 

そして室戸岬の標識の前でバイクと記念撮影。


 

 

その後はふたたび海岸線に沿って走りやっと高知市街に到着しました。

室戸岬から高知市街へは大きな国道に沿っていけばいいので楽勝でした。


 

宣伝が描かれた「とでん」(たぶん当時は今と違ってシールでのラッピング装飾じゃなかったのかも)に出会いました。


 

東京の「都電」ではないのですが、ここ高知県では土佐電鉄の電車なので略して「土電(とでん)」、あるいは「土佐電」と呼ばれていたそうです。

高知市から足摺岬までは海沿いの大きな国道はないようですが、なんとかたどり着くことが出来ました。


 


 


 

その後はどこをどう走ったものか、記録が残っていません。


 

こういう時、今みたいにGPSロガーがあれば現在位置やルートが記録に残せるので便利なのですが、そうもいきません。

町ともいえないような小さな集落のようないくつかを過ぎた頃にはとっぷり日も暮れてきました。

段々その集落の明かりすらなくなり、あたりはバイクのヘッドライトが照らすぼんやりした丸い輪っかのところだけがぼぉーと見えています。

どれくらい走ったでしょうか、前方先の方の小高い丘の上に明かりが見えました。

「とりあえずそこまでいけば野宿出来る!」そう思って山道をくねくねと登っていきました。

だんだん明かりが近づいてきましたが一つだけしか見つかりません。

それでもようやくたどり着いた先には一軒の建物がありました。

でも、それは無人の電波の中継所だったのです。

当然誰もいません。

いくら無人の場所だからといって、こんな山の中で野宿するのはさすがに私も怖すぎます。

 

来た道を引き返して、とにかく人間の住んでいるところ、人肌のあるところへ向かおうと必死です。

そしてどうにか人里に降りてきて見つけた町の中、野宿出来そうな場所ならどこでもいいと思い、広々とした場所で野宿しました。

この時から私にとって四国の印象は「山深い自然にあふれた島」というものに固まってしまいました。

今になって思うのはこの日は夕食に何か食べたかどうかまったく覚えていないという事です。

翌朝、明るくなって起きて周囲を見渡してみると、どうやらそこは宇和島かどこかの神社のようでした。


 


 


 


 

この段階では地図で見ても現在地を把握する事ができません。

そこで四国内のツーリングはここまでにする事にして九州行きを目指しました。


 

八幡浜で見つけたフェリー乗り場で四国から九州の臼杵に渡り、この後は九州ツーリングとなりました。


 


 

 

そして無事に九州に上陸出来ました。


 

以上が私が39年前に行った四国の思い出です。

阿波踊りも見ず、観光らしい事もしなかったのですが、それでも「四国」という地を体験したつもりになっていました。

今だったら高知や四万十川、それに松山などまだまだみどころがたくさん詰まった四国を堪能出来たと思います。

今回、40年近く前に原付と中型バイクで青森から鹿児島まで野宿ツーリングをした際の「四国編」を書いてみました。

今後、「九州編」「西日本編」「東北、原付編」などを書くかどうかは未定です。

今の旅好き、ツーリング好きの私の原点といってもいい懐かしく、そして貴重な思い出です。


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2015年10月12日 月曜日

坊ちゃんもかよった道後温泉に入ってきたよ

四国松山に来たら坊ちゃん列車に乗って道後温泉に行くのが定番の観光ルートでしょう。

クラシックモダン雰囲気満点の道後温泉駅電車を降りると、すぐ目の前に「道後ハイカラ通り」と書かれたアーチが目に飛び込んできます。


 


 

いきなりアーケードに入らずにまずは左手に停車している坊ちゃん列車の前で記念撮影した後、今度はアーチ右手の方に進んでみます。

ここは道後放生園という名でアーチ横にはレトロなガス灯や1時間ごとに「坊ちゃん」の登場人物が登場する「坊っちゃんカラクリ時計」、そして道後温泉本館で昔使われていた湯口から出るお湯で楽しめる無料の足湯などがあります。

行った時は足湯には一人旅の女性のほかに、女学生が足を湯に浸かりながら本を読んでいました。

現代風マドンナでしょうかね。


 

さらに極堂句碑や野球を愛した正岡子規らしいバットを持った像などが並んでいます。


 

アーケードに入ってすぐ目に付くのはこの顔出し看板です。

顔だけでなく手も出せるのがユニークですが、実際にはこの写真のような道後温泉前には足湯はありませんよ。


 

現在道後温泉では、写真家で映画監督でもある蜷川実花さんを迎えて「蜷川実花×道後温泉 道後アート2015」と題して道後地区を蜷川さんの作品で彩ることで盛り上げていました。

いろんなところで極彩色に彩られた景色が見られました。


 


 


 

ところで温泉に行く前に、少し遅くなりましたがお昼をいただく事にしました。

来る時に乗っていた坊ちゃん列車の車掌さんから「松山の郷土料理は鯛めし」と聞いていましたのでぜひこれをいただこうと思い、アーケードに入ってすぐのこちらのお店の暖簾をくぐりました。


 

一口に鯛めしと言ってもいろいろあって、ここ松山では「中予風」鯛の炊き込みご飯が有名ですが、ほかにも鯛の刺身をタレに漬けて食べる宇和島風や南予風鯛めしなどがあります。

炊き込みご飯だと炊きあがるまで20分以上かかるので、今回は南予風鯛めしをいただきました。

これはタレにねぎとわさびを入れ、とろろ芋に絡めて鯛の刺身にかけ、海苔とゴマをちらしていただきます。


 

お味は、「劇うまぁ!」

1100円でこの味なら、お店の一番人気だというのも納得です。

 

お腹がみちたところで道後ハイカラ通りをそぞろ歩きます。


 

いろんなお店、お土産屋さんを冷やかしながら歩いて行くのは楽しいですね。

今日は空いていましたが、ネットで見てみたらかなり混雑するときもあるようです。


 

アーケードをまっすぐ歩いてきましたが、一旦コンビニのあるここで角地になります。

右手に行くと道後温泉が遠くに見えていますが、その前にすぐ左手にある建物が気になります。


 

ここは道後温泉の椿の湯と言われるところです。


 

昭和28年に道後温泉本館の姉妹湯として建てられ、昭和59年に改築されたものです。

本館より現代風の公衆浴場になっています。


 

ふたたび道後ハイカラ通りに戻って先に進むと、いよいよ道後温泉本館が見えてきました。


 

これがガイドブックにも載っている道後温泉本館です。


 

昔の銭湯を大きくしたような感じと言ってしまっては失礼でしょうか。

道後温泉の正面に掲げられているこの看板も有名でしょう。

1950年封切りの映画「てんやわんや」でここが道後温泉だと一目でわかるようにと作られたものがそのまま残り、それが昭和61年に作り直されて今も残っているものです。


 

そして屋根の上の鬼瓦に刻まれた大きな球体も道後温泉のシンボル「湯玉」あるいは宝珠「ほうしゅ」とも言われ、沸騰時に湧き上る湯の泡や玉のように飛び散る熱湯を表しています。

こちらの屋根の上に飾られているのは白鷺です。

道後温泉は足を怪我した白鷺が岩の間から流れ出る湯に浸して治したのを村人が見て温泉として栄えたと言われているので、白鷺が道後温泉のもう一つのシンボルになっています。

そしてこの白鷺の像を屋根に頂く下の部屋には太鼓楼(たいころう)と呼ばれる振鷺閣(しんろかく)があります。

朝6時、正午、夕6時にこの「刻太鼓」と呼ばれる太鼓が打ち鳴らされるそうです。


 

道後温泉周囲にもこのように白鷺をモチーフとした装飾がなされています。


 

前にも書きましたが現在の道後温泉は蜷川実花とのコラボで、のれんや窓の障子には鮮やかな色彩で彩られています。

でも個人的には初めて訪れたここは、こういう派手な装飾より昔ながらの風情ある風景がよかったなとちょっぴり残念に思いました。


 

コチラからは二階席、三階席が望めます。

それぞれ霊の湯三階席、神の湯二階席になっていて、三階の角部屋はあとで紹介する「坊ちゃんの間」になります。


 

ここに立って左に目を移すとお風呂上がりの坊ちゃんがいます。


 

さらにその奥には登場人物の皆さんが勢揃いです。


 

 

それではいよいよ道後温泉に入浴といきましょう。


 

ここの入浴にはいくつかの「コース」があります。

お風呂自体はすべて一階にあるのですが、男女それぞれに「霊の湯(たまのゆ)」と「神の湯」があります。

まずは「神の湯」に入浴するだけで休憩なしの「神の湯 階下」410円

「神の湯」に入ったあと、神の湯二階席で浴衣を借りてお茶とせんべい付きで休憩する「神の湯 二階席」840円

「霊の湯」と「神の湯」の両方に入れて、貸しタオル付きで入浴後、霊の湯二階席で浴衣、お茶、せんべい付きで休憩する「霊の湯 二階席」1250円

さらに「霊の湯」と「神の湯」の両方に入れて、貸しタオル付きで入浴後、霊の湯三階の個室で浴衣、お茶、坊ちゃん団子付きで休憩する「霊の湯 三階席」1550円

の四つのコースがあります。

「霊の湯」にはシャンプー、コンディショナーと固形石けんがおいてありますが、「神の湯」には何もありません。

タオルや石けんは持参するか、入口で購入することになります。

入浴と休憩を合わせた時間制限は「霊の湯 三階席」だけが1時間20分であとの三つのコースは1時間です。

ほかには、天皇陛下や皇族方がお泊まりになった「又新殿」を見学するだけのコース260円もあります。

入浴すればこの「又新殿」も見学できます。


 


 

せっかくここまで来たので私が選んだのは「霊の湯 二階席」です。

一人で来ているので個室にいても話し相手がいないのでつまらないでしょう。


 

入口右手の「入浴券販売所」で購入します。

下足箱は左右にありますが中でつながっているのでどちらでも同じです。


 

入ってすぐのところでチケットを見せて、コースごとに案内された場所に進みます。

ここでタオルや石けん、シャンプーなどを購入することが出来ます。

道後温泉館内はかなり古い建物で、天井だけは高いですが通路は狭く少し薄暗い感じです。

浴場、休憩室などへは二階、三階と行き来しますがその階段が狭くてかなり急になっています。

ここから先、館内は撮影禁止なのでネットの道後温泉サイトやパンフレットから写真を借用させていただきました。

「霊の湯 二階席」の場合、最初に通されるのがここ霊の湯 二階席です。


 

ここのカゴの中に貴重品以外の荷物や上着などを置いていきます。

その後、階段を降りて一階にある「霊の湯」に行きます。

ここの脱衣所は鍵の掛かる無料のロッカーがあるので貴重品をいれておけます。

霊の湯はこんな感じです。


 

壁や床は石づくりで外からの光はほとんどありません。

少し小ぶりの湯船で洗い場は四カ所だけです。

私が行った時は2、3人しかいませんでしたのでゆったり入れましたが、混んでる時だと洗い場にも湯船にも入れないかもしれません。

ここでしばらくのんびり湯に浸かったあと、神の湯の方にも行ってみます。

一旦霊の湯の脱衣所で浴衣を着て二階まであがり、別の階段で一階まで降ります。

神の湯の脱衣所の方はけっこう広く、ここにも鍵の掛かる無料のロッカーがあります。

神の湯の男湯は、同じような大きさの湯船が東西に二カ所あります。

つくりは同じなので空いている方に入りますが、私は両方とも入ってきました。

ちなみに女性用の神の湯は一つだけだそうです。

中のつくりはこんな感じです。


 

霊の湯よりはゆったりしていて、洗い場は13カ所くらいあります(ただし石けん、シャンプーはなし)。

ここの壁には小説坊ちゃんにも記載されている「坊ちゃん 泳ぐべからず」という木の札が下がっています。

東西それぞれ反対側の壁にありました。


 


 

東西それぞれの神の湯に入り、もう一度浴衣を着て霊の湯へ移動、またどっぽん!

これだけ浸かれば「道後温泉に入ってきたぞぉ」と言っても十分でしょう。

浴衣を着て、最初に荷物を置いた「霊の湯 二階席」に戻ってきました。


 

すぐに従業員の方がお茶(おかわり自由)と(八つ橋のような)おせんべい、それに今回は近隣の業者さんからのおまんじゅうを持ってきていただきました。

別料金で坊ちゃん団子や牛乳などもいただけます。


 

湯飲みには「道後温泉」の文字と白鷺の絵が描かれています。

ここで貸しタオルを返して窓から吹き込んでくる心地よい秋風にあたりながら、火照ったからだをゆっくりクールダウンさせます。


 

ここまでで一時間ですがそこそこのんびり出来る時間だと思います。

 

もう一度脱衣所に戻って浴衣を着替えます。

女性の方はこの霊の湯二階席の一角に女性用更衣室があるようでした。

着替え終わると道後温泉の昔の札などが展示されている部屋を通って、別の部屋に案内されます。

ここから専門のガイドさんによる案内を聞きながら天皇陛下や皇族の方が入浴された又新殿を見学します。

でも説明が一本調子でちょっと味気なかったかな。

 

最後に三階にある「坊ちゃんの間」を見学します。

昔夏目漱石が湯上がりにくつろいだという三階の角部屋です。室内には漱石ゆかりの写真や銅像などが飾られていました。

ここは撮影OKということなのでパチリ!


 


 

ここから道後温泉本館前の広場がよく見えます。

右手奥には坊ちゃんや登場人物の人形が見て取れます。


 


 


 

短い時間でしたが、一生に一度は行ってみたかった道後温泉に入ってきました。


 

最後に正直な感想を書いてみます。

日帰り入浴施設としては、施設の古さや狭さ、階段の上り降り、そして料金の高さんなど満足とは言えないものがあります。

まあそれも月に一二度はバイクツーリングで各地のいろんな日帰り温泉に行っているからこその比較かと思います。

ここはそんな事では評価するものではなく、日本古来の古くから風情を楽しむ温泉ということに尽きるのでしょう。

またこの地を訪れたら、あるいは夕刻など夜のこの道後温泉の外観を楽しんでみたいとは思いますが、もう一度湯船に入りたいかと聞かれれば、まあいいかなというところでしょうか。

でもまだ行った事のないかたなら、ここが大改修されて近代的になる前に一度は訪れてみてもいいかと思いますよ。


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2015年10月10日 土曜日

松山で坊ちゃん列車に乗ったので詳細レポート

出張で四国、愛媛県の松山に行って来ました。

仕事が一段落したところで今回楽しみにしていた坊ちゃん列車に乗ってきましたのでちょっと詳しくレポしてみます。

もともとSL蒸気機関車が好きで、秩父にツーリングに行った時も出会える時間帯なら秩父鉄道を走るパレオエキスプレスを見に行くほどです。

今回は、SLの中でも特に好きなBタンクタイプの車輌なので、出かける前から興味津々でした。

 

最初に少しだけ坊ちゃん列車のレクチャーを書いてみます。


 

運営している伊予鉄のホームページによると、坊ちゃん列車とは明治21年から67年間に渡り松山市民の足として活躍した蒸気機関車の事です。

当時は最大18台が走っていたそうです。

名前の由来は夏目漱石の小説「坊ちゃん」に登場して温泉に通う足としたところから命名されました。

その後列車の電化にともない廃線となりましたが、地域からの要望を受け2001年に復活しました。

しかし市内を走る列車として当時と同じ蒸気機関車とはいかず外観は当時のままでディーゼルエンジンを搭載した車輌となっています。

でも汽笛も当時のような音色でなるし、煙突からは水蒸気を発生させて当時の様子を再現しています。

現在車輌は1号機と14号機の二両あり違いは、

 ・運転席丸窓 : 1号機は縦楕円、14号機は丸窓
 ・煙突 : 1号機は円筒形、14号機は漏斗形
 ・給水筒 : 1号機はなし、14号機はあり
 ・蒸気溜加減弁 : 1号機は水牛の角形、14号機は鹿の角形

があります。

また牽引される客車は、1号機は18名乗車出来る車輌が2輌連結され、14号機には36名乗車の客車が1輌連結されていました。

 

現存する当時の車輌は、梅津寺公園にあるそうですが、ほかにも松山市駅近くの伊予鉄本社前に1号機の原寸大のレプリカが展示されています。

はじめに伊予鉄前の車輌を見に行きました。


 

これこれ、このコロコロしたような愛嬌のある小さな蒸気機関車が好きなんです。


 


 

 ※ 下の模型は私が持っているつぼみ堂製のBテンダーです。

つぼみ堂模型店のBテンダーとHOゲージ

 

現在、坊ちゃん列車は古町からJR松山経由で道後温泉へ行くルートと松山市駅から道後温泉に行く二系統があります。

平日だと前者は一日6便、後者は2便、土日祝は前者7便、後者3便あるようです。

 ※ ↓ クリックで拡大します

坊ちゃん列車時刻表

今回は乗りやすい松山市駅から道後温泉まで乗ってきました。

時刻表を見て、道後温泉発の電車が何時に松山市駅に着くかをチェックしておきます。

到着してから出発するまで20分以上ありますが、ここはぜひとも反対方向から電車が来る時から待機しておくことをお勧めします。

その訳は後ほど。。

松山市駅は松山城のある方から来て駅の直前にカーブして入線してきます。

この時、「ピィーッ!」と汽笛を鳴らしながら来るのですぐわかります。


 

やってきたのは14号機、客車は一輌です。

この松山市駅は始発・終着駅になりますので入れ替え線があります。


 

同じ路線を普通の市電が走っていますが、市電なら車輌の前後に運転席があるので運転士が車内を移動して反対向きに走れば問題ありません。

でも坊ちゃん列車は違います。

客車の前に先導する必要があるので「向きを変える」事が必要になります。

この「転回」作業が、反対経路からの到着直後に行われるので、ぜひともこれを見ておきたいものです。

その方法は、まず客車とSL部分の先頭車を切り離します。


 

先頭車だけ前進して線路端まで来て停止、その後バックして入れ替え線内中央の転回板のある上まで来ます。

ここで停止した後、運転台下に付いている油圧ジャッキ操作ボタンを押して車体を持ち上げます。

写真ではまず後輪が浮いているのがわかると思います。


 

車体が浮いたら運転士二名で「人力で」車体を回します。

これスゴイですのではじめて見ると驚きますよ。


 


 

180度向きがかわったら操作ボタンで油圧ジャッキを上げて、先頭車はそのまま反対路線の方に前進して待機しています。

その後、客車を前進させるのですがこれがまた「人力」です。

2、3名で押して線路端まで行き、


 

入れ替え線から反対路線に行き、待機していた先頭車に連結します。


 

1輌客車は2、3名で押しますが、2輌客車は重量があるので4名で押していました。


 

客車が連結された坊ちゃん列車は、乗り場のある線路端の方までバックして完了です。


 

この市電はけっこう頻繁にやってきますので、転回作業は短時間でてきぱきとこなさなければならないのかなり大変そうでした。

 

文章だけではわかりにくいので、転回作業を動画で紹介します。

場所は、この松山市駅と終点の道後温泉駅の二カ所を掲載しています。

走行中の映像には汽笛も入っていますよ。

 ※ クリックで動画を再生します。



 

坊ちゃん列車は機関車の点検などで運休になる便もあるのでこの掲示板でチェックします。

また「団体貸切」や「団体あり」などで乗車出来ない場合もあります。


 

切符は松山市駅の場合、駅構内の伊予鉄バス案内所で購入出来ますし、乗車した後車内でも買えます。

料金は500円ですが、市内電車の1Dayチケットや2Dayチケットを持っていれば300円の追加で乗車出来ます。

夏休みやGW、土日祝など混雑する時には整理券が配られたり、満席で乗車出来ない事もあるそうです。

今回は平日だったので乗り場で待っていればすぐに乗車出来たのでラッキーでした。


 

参考までに、上の切符は案内所で先に買っておいたもので日付入り、下の切符は車内で購入したので日付なしで丸穴ありです。


 

上の切符の端に四角くハサミが入れてあるのは、この切符を見せれば伊予鉄高島屋の屋上にある大観覧車にタダで乗ることが出来るのですが、その際に切られたものです。

観覧車は一周約15分で松山市内を一望出来、その乗車券が500円ですから乗らない手はありませんね。

ただこの観覧車、ちょっと古いようで左右の窓が傷ついて少し曇っているのが残念です。

 

ここで待っていれば坊ちゃん列車に乗れます。


 


 

発車15分前くらいから乗れるようです。

客車の後ろから乗り込みます。


 

混雑していない時は席は自由です。

わぉぅ!この木製の車内がなんともレトロ感覚でいいですね。


 

私が昔、高校生の頃東京で乗っていた東武東上線も床や窓枠も木製でした、っていうとかなり歳のようですね、ははは!

この車輌には冷暖房が付いていないのですが、日よけは木製の格子で手で上げ下げするようになっています。


 

天井には吊革はなく、手すりがありますが背の低い方だとちょっとキビシイかも。

電灯もぼぉーっと光っていい感じです。


 

客車のすぐ前は運転席です。


 

乗車してからも発車するまでは自由に席を立って写真を撮れます。

乗ってくる車掌さんによりますが、親切な方にあたるとこちらから頼まなくても「シャッター押しましょうか?」と言ってくださいます。

しかも「はい、じゃあもう一枚ポーズを変えて。。」うーんこういう何げないサービスが旅人にはとってもうれしいですね。

(注; はて、私は「旅人」なのかな? たしか「仕事」で「出張」で行ったはずじゃあ、、、?笑;)


 

運転席の窓にはさすがに最近のクルマと同じワイパーが付いていました。


 

運転席の様子です。

左側に二台あるモニターは死角になりやすい右前と前方を映すものだそうです。


 

それにしてもオリジナルの蒸気機関車のものを出来るだけ似せて再現していますが、昔のものの方がかなりシンプルでしたね。

伊予鉄前のレプリカ車の運転席と比べてみてください。


 

この機関車、i輌でいくらくらいするかご存じですか?

普通の市電はだいたい7から8千万円くらいのところ、2億5千万円もするそうです。

機関車と客車の連結部です。


 


 

連結板が平らでなく曲がっているのは線路のカーブに合わせてあるため。

連結自体はその下のフックのところのネジを手で回して行います。

太いチューブはブレーキ用のエアホース、細いケーブルは電気です。

デッキの様子も、古いアメリカ西部の列車みたいでかっこいいですよね。


 

車内の路線図の下には、四国銘菓の「一六タルト」の宣伝。


 

 

出発時刻になると車内もだいぶ混んできました。

といっても平日昼間だと混んでも20数人だったり、


 

空いている時は5、6人しか乗っていないこともあります。

乗っている方は家族連れの観光客のほか、女性の一人旅や出張中のサラリーマンの姿もちらほら。。。(って、私ものその一人です)


 

坊ちゃん列車は発車するときや曲がり角などでは汽笛を鳴らします。


 

道行き観光客の方がしきりに写真を撮っているので、中にいるとなんとなく優越感に浸るのはわたしだけ?

車内では車掌さんが簡単な観光案内をしてくれます。

県庁の場所やゆるキャラ「みきゃん」について、


 

松山城が一番キレイに見えるスポットなども。


 


 

これも乗ってくる車掌さんのキャラや、お客さんの数、ノリでいろいろのようです。

中にはご当地クイズなんてものも出たりして楽しめます。


 


 

景色を眺めたり車掌さんのトークで楽しんでいる間に、20分ほどで松山市駅から道後温泉駅に到着です。


 


 

この駅でも機関車の転回作業を見学出来ます。

下り線路脇のこの細い道を少し行ったところで作業をしています。

上の動画にも載っていますね。


 

駅前には時間帯によって車輌が駐機しています。


 


 


 

この機関車がディーゼル車だという証、クルマで運ばれてきた軽油を坊ちゃん列車に給油しているところです。


 

 

これで短いですが坊ちゃん列車の旅は終着点の「道後温泉駅」までやってきたのでおしまいです。

次回は、「道後温泉入浴」について書いてみたいと思います。

 

おっと、忘れるとこでした。

今回坊ちゃん列車で通ってきたルートをGPSロガーで記録したマップと写真を載せておきます。

 

 ※ バイクツーリング、ドライブでの走行、山歩きのルート、飛行機での空路記録を記録するなら「GPSロガー」がお勧めです。

 


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プロフィール


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メカ好きおじさん

・41年前原付、中型二輪取得
・CB50で東北野宿一周
・250cc四国・九州3週間5万円野宿
・38都道府県制覇
・XL250オフ後、再度オンロード
・KAWASKI2スト最後に降りる
・16年ブランク後リターン
・50歳で大型二輪免許取得
・ハーレーFLSTCにペアライド中


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