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2016年3月28日 月曜日

今でも新幹線から太陽の塔が見える

先日、出張に行ってきた大阪の町イメージといえば、「ノリのいい人々」「商売上手」「粉モンの食べ物」…etc

でも私にとって大阪といえば、1970年に開催された万博、その中でも一番印象深いのは「太陽の塔」です。


 

小学校6年生から中学1年になった年で、東京から二度行ってきました。

一度は春に父と二人で、もう一度は夏休みにいとこ達の家族と一緒でした。

どうしてもアポロ月着陸船と月の石が見たくて、わがまま言って4時間も並びました。

そして万博終了7年後(今から37年前)バイクの免許を取って1979年に東京から関西、四国九州に三週間の野宿ツーリングに出た際、わざわざ万博会場まで行って見てきたのでした。


 

 

その後社会人になり大阪に出張に行く機会は増えましたが、なかなか万博会場に行くことはありませんでした。

でも数年前から訪れることがあり、今でも太陽の塔が当時のままの姿で残っているのがとても印象的でした。

一番上の写真は最近撮影したものです。

そして気になるのが、「新幹線から太陽の塔は見えるのか?」と言うことです。

調べてみても昔は建物も少なく、いろんな場所から新幹線の車窓で太陽の塔が見えたようです。

でも高いビルが増えてくるにつれ「見えた」という情報がなかなか見つからくなりました。

最近の情報も少なく、実際に見えている写真やどこから見えるのか場所もわかりませんでした。

かろうじて、大阪駅に近くなってからではなく、京都駅との間で見えるということがわかりました。

何度かの出張で探しているうちにようやく見つけることができました!

でも遠いのでかなり小さくしか見えないのと、正面からではなく横から見た姿になっています。

位置関係としてはこんな感じになります。


 

そのため見える姿はこのような角度からのものです。


 

今回の出張以降、いつ新幹線に乗るかわからないので写真に撮って、見える場所も紹介することにしました。

といっても出張のついでなのでコンパクトデジカメしか持っていけなかったので写真もわかりにくいかもしれません。

望遠レンズを付けたデジ一ならもっと鮮明な写真が撮れるでしょうね。

 

前置きが長くなりましたが、新幹線のぞみ号から見える太陽の塔ですが、京都駅を出発してから7分弱過ぎた頃から見え始めます。

わりとはっきり見えてくる位置はこのあたりでしょうか。

のぞみ号で京都駅を出発してから6分51秒後です。


 

この位置から撮った写真がこちらです。

進行方向右側の席(E席)で、真横より少し前方になります。


 

わかりにくいので見える部分を切り取って拡大してみます。

この日は雲が多くてはっきりしにくいですが、他の建物とはあきらかに違う丸くて前傾していて赤い筋のようなものが見えると思います。

正面ではないので黄金のマスクはわかりにくいですが、そこから伸びているアンテナのような棒はうっすらとわかるでしょう。

晴れていればもっとはっきりわかります。


 

この場所の地図をGoogle Earthで俯瞰してみると、2つ上の写真に写っている茶色いマンション(?)がわかると思います。


 

さらに進んだところです。


 

これも拡大してみます。


 

Google Earthでほぼ同じ位置を描写してみました。


 

そしてもう少し先です。


 

前の方には陽がさして白く光っているのがわかります。


 

そして最後のほうです。

場所はここ。

最初の地図の位置、写真からはほんの30秒ほどの移動、京都駅から7分20秒後です。


 


 

今までのより少しだけ前から見る位置になります。


 

 

私が提供できる情報は以上です。

太陽の塔に興味がある方、新幹線に乗ったら大阪に着く前に気をつけて見ているときっと見つかると思いますよ。


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2015年10月14日 水曜日

四国ツーリングで行った場所は?

先週、出張で四国、愛媛県の松山に行ってきました。

今回が生まれてから二回目の四国入りになりました。

この前行ったのはなんと39年前、昭和54年1979年の夏でした。

東京から長野を経由して京都・大阪・神戸と走ってから四国に入り、その後九州を一周して再び本州に戻り、山口、広島と走ってから日本海側を通って再び京都へ、その後静岡、神奈川と回ってから東京に戻るという、三週間、野宿ツーリング、総費用5万円の西日本一周ツーリングでした。

前の年に原付で東日本から東北一周したのと合わせて、北海道と沖縄以外の日本一周ツーリングの一環でした。

このツーリングに関しては以前にも少しだけ簡単に書いた事がありましたが、今回初めて載せる写真もあって少し長くなりますがその四国ツーリングについて書いてたいと思います。

 

前の年に原付に乗り始め、その年の12月に中型二輪免許を取得、乗っていたバイクはホンダのホークでした。

「やかんタンク」「座布団クッション」と揶揄されることもありました(私のホークは後期型なので角タンクでした)が、その分長時間ツーリングには乗りやすいバイクでした。

テントは無し! タンデムシートの振り分けバッグには工具やスペアパーツ、キャリアに寝袋と着替えだけ乗っけての野宿旅です。

荷物の上に載せた赤い寝袋が、ほかのライダーに「私は泊まりのツーリングだぞ!」とアピールしていました。

ゴムベルトで留めているコロナのタンクバッグやリアの泥よけが当時のツーリングバイクらしさを醸し出していますね。


 

晴れていれば神社や公園などで星空の下で、また無人駅や大きな駅(青森、秋田、京都など)や街道沿いの24時間コインスナックなどで寝袋に潜り込んで眠りについていました。

 

四国へは、京都、大阪と走ってきて神戸でフェリーに乗るつもりだったのに通り過ぎてしまったので明石のフェリー乗り場から淡路島に渡りました。

この時が生まれて初めてのフェリーだったので、「バイクで船に乗る」「鉄板の上を渡る」というので非常に緊張しましたが、乗ってしまえば「なんだこんなものか」と、それ以降何度もフェリーを利用するようになりました。


 

初めて上陸した淡路島。

福良の海岸。


 


 


 

食事も観光もせずに、バイクでびゅーんと走ればすぐ端っこまで来てしまう小さな島。

小学校で習った時には大きな島だと思っていましたが、バイクで走ると「日本はけっこう自分で全部回れるぞ!」と感じるようになりました。


 

ふたたびフェリーに乗って今度は初めての四国、徳島です。

走っているクルマはみんなドアミラーでなくフェンダーミラーでした。


 

徳島のフェリー港に着いたのは夕闇もすでに暗く暮れかかった時刻でした。


 

この時フェリーから降りたバイクは三台。

ホンダCB750KとSR400、そして私のホークです。

もう日も暮れて暗くなってきたので野宿する場所を探すのも大変そうでした。

それに一緒になった二人のライダー、名古屋のCB750Kさんと大阪のSR400さんと一緒にどこかに泊まろうという事になりました。

しかしちょうどその日は徳島県最大イベント「阿波踊り」の真っ最中の日でした。

当然こんな日のこんな時間に空いている宿はなく、途方にくれるライダー三人。

「こんな時は地元のタクシーの運転手に聞くのが一番。 どこか空いている宿はないか、それに交渉までお願いするのがいいだろう」という事になって港に停まっていたタクシーにお願いします。

何軒か電話してくれるもほとんど全滅状態。

そんな中ようやく一軒だけ「部屋は空いてないけど困っているようだから布団部屋でよければ泊まらせてあげるよ」と言ってくれた民宿が見つかりました。

小躍りした私たちはタクシーの後にバイク三台繋がって隣の小松島港の民宿「みはらし」さんに泊まることが出来ました。

当然夕食など用意してもらえないので、ライダー三人でその辺の定食屋に繰り出し、はじめてあったばかりの人間ですが、そこは三人とも「バイクでの旅好き」という共通の話題で夜がふけるまで盛り上がっていました。

結局用意してくれていた布団部屋にもぐり込んだのもかなり夜が更けてからだったような記憶が、、、あまりありません(笑;

 

翌朝、それぞれ向かう方向がばらばらの三人、三台。


 

一緒に写真を撮ってお互いの安全を願いながら手を振って走り去っていきました。

当時のツーリングバイクには、今のようなハードのバニアケースを乗せている人はほとんどいなくてバッグに荷物を積んでいました。

そのかわりコロナのタンクバッグは定番でしたね。


 


 

私は特に走るルートは決めていませんでしたが、せっかく海に囲まれた四国に来たので出来るだけ海岸線に沿ってそれぞれ突端の岬を回ることにしました。

徳島から左手に海を眺めて半時計回りに走ります。

室戸岬へ向かう国道55号、「コント55号」が流行っていたのでこの標識がうれしくなって撮影したのかな。


 

1970年代当時のツーリングは便利さが今とはだいぶ違います。

カーナビなんてものは当然ある訳ないので、頼りになるのは全国版の日本地図とクルマ用のコンパスだけ、それに加えて重要なのが「野生の勘」。

これで「徳島から南の方に行けば高知県」ていう具合に走っていきます。

当時はタンクの上のコロナのツーリングバッグはお約束の必需品で、この背中にある透明ポケットの中に地図を入れて信号待ちで停まるたびに道路標識や案内板を頼りに現在位置と行き先をチェックしていました。

天気予報もスマホで雨雲レーダーをチェック、という訳にはいかず、雲の形や流れかた、肌に感じる湿度で予報していました。

 

ここは途中で休憩したどこかの国民休暇村です。

外車のスポーツカーが珍しかったんでしょう。


 


 

 

今回の「四国編」では32枚の写真を掲載していますが、撮影好きな私なのでこれでもかなり撮ったほうです。

今のようにデジカメがあったらたぶんこれの10倍以上撮影していたことでしょう。

カメラも銀塩フィルムですから、フィルム代・現像代・焼き増し代なども高くて、デジカメのように「いいやとりあえず撮っとけ!」的にいっぱいの写真を撮ることは出来ませんでした。


 

 

「室戸岬」には無事に到着しました。

御厨人窟に続く弘法大師修行之処


 

「おさご」という絶世の美女にまつわる伝説のある「ビシャゴ岩」にて。

バイクから離れて観光するときは貴重品の入ったタンクバッグを肩に掛けていくのも当時の定番です。


 

そして室戸岬の標識の前でバイクと記念撮影。


 

 

その後はふたたび海岸線に沿って走りやっと高知市街に到着しました。

室戸岬から高知市街へは大きな国道に沿っていけばいいので楽勝でした。


 

宣伝が描かれた「とでん」(たぶん当時は今と違ってシールでのラッピング装飾じゃなかったのかも)に出会いました。


 

東京の「都電」ではないのですが、ここ高知県では土佐電鉄の電車なので略して「土電(とでん)」、あるいは「土佐電」と呼ばれていたそうです。

高知市から足摺岬までは海沿いの大きな国道はないようですが、なんとかたどり着くことが出来ました。


 


 


 

その後はどこをどう走ったものか、記録が残っていません。


 

こういう時、今みたいにGPSロガーがあれば現在位置やルートが記録に残せるので便利なのですが、そうもいきません。

町ともいえないような小さな集落のようないくつかを過ぎた頃にはとっぷり日も暮れてきました。

段々その集落の明かりすらなくなり、あたりはバイクのヘッドライトが照らすぼんやりした丸い輪っかのところだけがぼぉーと見えています。

どれくらい走ったでしょうか、前方先の方の小高い丘の上に明かりが見えました。

「とりあえずそこまでいけば野宿出来る!」そう思って山道をくねくねと登っていきました。

だんだん明かりが近づいてきましたが一つだけしか見つかりません。

それでもようやくたどり着いた先には一軒の建物がありました。

でも、それは無人の電波の中継所だったのです。

当然誰もいません。

いくら無人の場所だからといって、こんな山の中で野宿するのはさすがに私も怖すぎます。

 

来た道を引き返して、とにかく人間の住んでいるところ、人肌のあるところへ向かおうと必死です。

そしてどうにか人里に降りてきて見つけた町の中、野宿出来そうな場所ならどこでもいいと思い、広々とした場所で野宿しました。

この時から私にとって四国の印象は「山深い自然にあふれた島」というものに固まってしまいました。

今になって思うのはこの日は夕食に何か食べたかどうかまったく覚えていないという事です。

翌朝、明るくなって起きて周囲を見渡してみると、どうやらそこは宇和島かどこかの神社のようでした。


 


 


 


 

この段階では地図で見ても現在地を把握する事ができません。

そこで四国内のツーリングはここまでにする事にして九州行きを目指しました。


 

八幡浜で見つけたフェリー乗り場で四国から九州の臼杵に渡り、この後は九州ツーリングとなりました。


 


 

 

そして無事に九州に上陸出来ました。


 

以上が私が39年前に行った四国の思い出です。

阿波踊りも見ず、観光らしい事もしなかったのですが、それでも「四国」という地を体験したつもりになっていました。

今だったら高知や四万十川、それに松山などまだまだみどころがたくさん詰まった四国を堪能出来たと思います。

今回、40年近く前に原付と中型バイクで青森から鹿児島まで野宿ツーリングをした際の「四国編」を書いてみました。

今後、「九州編」「西日本編」「東北、原付編」などを書くかどうかは未定です。

今の旅好き、ツーリング好きの私の原点といってもいい懐かしく、そして貴重な思い出です。


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プロフィール
メカ好きおじさん写真

メカ好きおじさん

・40年前原付、中型二輪取得
・CB50で東北野宿一周
・250cc四国・九州3週間5万円野宿
・38都道府県制覇
・XL250オフ後、再度オンロード
・KAWASKI2スト最後に降りる
・16年ブランク後リターン
・50歳で大型二輪免許取得
・ハーレーFLSTCにペアライド中


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