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2011年5月29日 日曜日

原付バイクで野宿旅のススメ ~バイク、装備編~

平年より12日も早く、関東甲信越地方も梅雨入りしました。

さすがにこれだけ雨が降っていると、ツーリングに出かける気も失せてしまいます。

実際に乗れない分、それでもバイクの事についてのブログを書いてみます。

 

以前にも少しだけ、過去に乗っていた原付で野宿ツーリングをした記事を書きましたが、前回(3年前)の記事はずいぶん簡単に書いてしまったので、ここでもう一度まとめておこうと思います。

私も年取って、当時の記憶もだいぶ忘れかけてきているので自分のための備忘録という意味でも出来るだけ記録しておこうと思います。

そしてもしこれを読んで、若い方がこれから原付やバイクに乗って「よし、自分も野宿ツーリングをしたやるぞ!」と思ってくれればとてもうれしいですね。

 

来月は7月、梅雨が明ければ夏休みです。

学生の身分なら一番長期の休みも取れ、ロングの野宿ツーリングが可能な時期がやってきます。

私も何度か野宿の長期ツーリングに出たのも、夏休みでした。

 

いつもの事ですが、なんだか長くなりそうなので何回かに分けて書いてみます。

今回は、まずは、【ツーリング用原付バイク】と【装備】について書いてみます。

 

今、私が乗っているバイクはブログタイトルの写真にあるハーレーです。

2008年式FLSTC、ヘリテイジ・ソフテイル・クラシックが今の愛車です。

このバイクに乗ってほぼ毎週に近いくらいツーリングに行っています。

年間で50回を越えて出かけ、しかもその7割以上はペアライド(ハーレーで二人乗りするタンデム走行のことをこう呼びます)です。

二十歳の時に原付免許を取って、翌年に中型自動二輪免許を取得、ずっと中型バイクばかり乗っていましたが、50歳の時に「人生、あと何年バイクに乗っていられるだろう? 今乗りたいバイクに乗って、行きたい所にいかなければ、もっと年取ってからでは出来なくなって後悔する事になる」と思い、初めていったお店でハーレーをその日の内に衝動買い!

それから免許を取得するという暴挙に出ました。

 

ハーレーで長距離ツーリング、それもタンデムメインで考えればヤッコカウルの威風堂々としたスタイルのツーリングファミリーの車種が一番の候補となります。

でも、今の体力とこれから先あと何年か乗る自分の体力を考えました。

結局、ウルトラより車重が軽い(それでも340kgありますが)、ソフテイルファミリー系の中で、ツーリングに適した今の愛車、FLSTCを選びました。

ハーレーに乗り出してしばらくした頃、正直言って「やっぱりウルトラに乗りたいな」と気持ちが揺れた事もありましたが、ペアライドでいろんな所にツーリングに出かける今の私のバイクスタイルには、このハーレーの選択が間違いなかったと納得しています。

今はもう乗り換える事は考えていません。

話が脱線しましたが、私が最初にツーリングや野宿旅に出たのは、今のバイクとは対極にあるような、50ccの小さな小さな原付バイクでした。

昔、若い頃は、オンロード車やオフロード車、レーサーレプリカなどにも乗って、日本中野宿で走り回っていました。

 

【ツーリング用原付バイク】

最初にツーリングに出かけたのはホンダのギア付50cc原付、CB50jx-1、1978年(昭和53年)今から33年も前のことでした。

本屋で「原付免許を取ろう!」という簡単な教本を買ってきて読んだだけで、東京・鮫津の運転免許試験場でペーパーテストだけで、人生初の運転免許を取得しました。

 

免許が取れたら次はバイクを手に入れる段階です。

免許を取った1978年当時、今とは違ってバイク市場にはギア付の原付スポーツバイクは、各社から目移りするくらい色んな種類が発売されていました。

そんな中、私には「バイクはホンダ」みたいな漠然としたイメージがあって、最初に買ったのはホンダの50ccです。

 

初めてのバイクは、それでもバイクらしい格好で、ギア付の方がいいかなと思い、ホンダ・ベンリー50、CB50jx-1です。

(ホンダ・ベンリーって、「本田」さんが作った「便利」なバイクってそのままのネーミングですね)

 

このバイクで近所や買い物、通学に使っているだけでなく、奥多摩有料道路や箱根、千葉などの100~200kmくらいの日帰りツーリングにうちに、当時読んでいたバイク雑誌に載っていた「泊まりがけツーリング」に出てみたくなりました。

「旅」というものを意識し始めました。

 

イメージとしては、ザックのバッグに荷物を放り込み、バイクの後ろに括り付けて気ままに走って、適当に野宿する、そんなものでした。

当時、テントでのキャンプというのは意識の中にありませんでした。

 

もともとずっと子供の頃、父親とその友人に連れられて二三度テントでキャンプした事はありました。

当時は、黄色い三角テントで、今よりずっとかさばって重くて、その割に狭いものでした。

 

【装 備】

そもそもバイクには自動車ほど荷物は積めませんし、ましてや小さな原付ともなればかなり厳しい状況です。

テント泊にしなくて寝袋だけの野宿にした理由の一つは、積載する荷物を少しでも減らしたいからです。

 

それでもバッグ等を工夫すればかなり収容スペースを確保出来ます。

実際に私が東北一周野宿ツーリングした時の状況です。

 

【タンクバッグ】
言わずと知れたコロナのタンクバッグです。

カーキ色の布製で、雨の時用のビニール袋が付属しています。

gentukinojyuku01.jpg

 

■全国地図

背のポケットには二つ折りにした全国地図を入れておき、走りながらチェックします。

この頃は今のようにバイクツーリング用の地図などというものは無かったので、自動車用のドライブマップをそのまま使っています。

 

行き先決めるナビの役目は、この全国地図とヘッドライトケース上に付けた自動車用の方位磁石だけが便りでした。

大体の方角は、昼間晴れていれば太陽の位置で東西南北はわかりました。

 

■コインクリップ

そういえばハンドルのところにコインホルダーを付けてましたね。

ETCの無い時代(まぁあっても50ccですから高速道路には乗れませんけどね)、有料道路を通るたびに必要な小銭を取り出しやすくするために、バイク用のコインホルダーが売られていました。

コインホルダーの下はクリップになっていて有料道路のチケットが挟めるようになっていました。

このクリップ、それほど強くなかったので風が強いときに走るとレシートが飛んでいってしまうことがありました。

一般道のレシートは無くなっても困りませんが、高速のチケットだったらヤバイ事になりますね。

今でもバイク用品店にいくとほぼ同じような形の商品が売られていますね。

 

バッグの中にはその他の貴重品として、

 

■財布

免許と現金は必須です。

学生の身でしたので、クレジットカードなんぞは持っていません。

この時は2週間ツーリングですべての費用が2、3万円だったような記憶があります。

燃費がいい原付と、宿代の掛からない野宿のお陰です。

 

■カメラ

当然フルポートのフィルムカメラです。

gentukinojyuku02.jpg

フィルムだけかなり用意しておきました。

当時、デジカメとかGPSロガーとかがあったら、写真や動画、走行ルートなんかももっと記録出来たのに残念です。

 

■薬と湿布薬

ツーリング先で病気やケガになると最悪です。

特に腹を壊すと大変なので自分にあった薬を持って出かけました。

今のようにドラッグストアが無いのでいざという時用に防水用の袋にいれておきます。

当時はジップロックのような密着出来る袋が無かったので小さなタッパーウェアの袋に入れていたような気がします。

あと必要なのが「湿布薬」ですね。

バイクに乗っていると立ちゴケ、転倒、捻挫等、手足のケガをする事があります。

これも山道や郊外だと薬や病院にいくまで、とりあえずの応急処置用に湿布薬も必携でした。

 

■たばこ

当時、私はタバコを吸っていました。

濡れては困り、休憩時にすぐに取り出しやすいようにタンクバッグにいれておきました。

ツーリング先での休憩時の一服、自分としては「絵になるなぁ」と自己満足の世界に浸っていました。

 

■雨合羽

いわゆるレインウェアですね。

当時はバイク用といっても、上下オレンジのラーメン合羽というものを使っていました。

gentukinojyuku03.jpg

 

今のように携帯とかで随時天気予報も見られないので、長期ツーリングではいつ雨が降ってきてもいいように、すぐに取り出しやすい場所に仕舞っておきました。

野宿だと、天気予報とかニュースとかホテルや宿ではないのでテレビが見られず、立ち寄った大衆食堂やドライブインのテレビや置いてある新聞で情報を仕入れてました。

 

【左右のサドルケース】

ツーリングに目覚めてから、割と早い時期に取り付けたのがこのFRP製の左右のリアケースです。

雨で降られる事も多かったので、荷物が濡れないのがとても便利でした。

gentukinojyuku04.jpg

ただ50ccに付けるBOXなので、容量はかなり小さかったと思います。

この中に入れていたものとしては、

 

■整備用車載工具

ソロツーばかりでしたので、出先でトラブルに合ったときはとにかく動くように修理しなければなりません。

車載工具だけでは足りず、いろんな工具をプラスして載せていました。

作りの良くない安い車載工具は、雨に濡れるような墓所にいれておくとすぐに錆びてしまいました。

 

■パンク修理キット

これも必須アイテムです。

法定速度が30km/hと遅く、道路の左端を走る事が多い原付だと、路面に落ちている釘やガラス、金属の破片等でタイヤを突き刺しパンクする可能性が高かったですね。

実際には原付の時より、この後乗ったホンダ・HAWKでの西日本一周やXL250の方がパンク修理をよくしましたが、タイヤレバー3本、パッチセット、予備チューブ、予備バルブ、ムシとムシ回し、それに携帯型の空気入れさえあれば、道ばたで座り込んで、前後タイヤとも自分でパンク修理出来ました。

ハーレーだとこうはいかないですね。

 

■蚊取り線香

夏場の野宿で必要かなと思って持って行きました。

渦巻き型の「日本の夏」ですが、腰にぶら下げられる金属製のケース入りです。

でも屋外だと煙が拡散してしまって効果が薄いし、かといって顔の近くに持って来て寝ると煙くて喉をやられてしまうので実用制はあまりないかも。

いっその事、蚊帳でももっていった方がいいかも。

あっ、それならテントの方がいいですね。

 

■懐中電灯とろうそく

野宿する場所によっては、場所を決めて早々に休む準備をして寝袋にもぐっていると、夜急にそこの明かりが消えてしまうことがあります。

自動なのかタイマーなのかわかりませんが、施設の夜間照明を落としてしまうのでしょう。

そんな時、今更場所を移って他の野宿する場所を探すのは大変なので、そのまま寝ますがさすがに真っ暗だと不安なので懐中電灯を用意しておきます。

LED照明なんていう長時間持つものはないので、普通の単二電池の懐中電灯とろうそく(キャンドル)持っていきました。

いざという時、雨風さえなければキャンドルの方が長時間明るさを保ってくれます。

 

【リアキャリアに括り付けたザックバッグ】

なぜか家にあった(たぶん自分で買ったんでしょう?)、いかにも「旅に出るぞ」風のバッグです。

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今では防水ナイロン製の同じような形のもっとかっこいいバッグがありますね。

濡れては困る着替えや寝袋を入れていましたので、雨対策としてこの廻りにバイクの車体カバーでくるんでキャリアにのせていました。

車体カバーはこの他にも、簡易タープとして廻りの木に結びつけて使う事もありました。

 

■寝 袋

これだけが「旅」の雰囲気を盛り上げるグッズです。

出来るだけ小さくなるもので、基本的に暖かい季節しか野宿しないつもりだったので、コンパクトになるタイプを買いました。

 

今ならこれに、下に敷く銀色マットを積めば背中も痛くならず、よりキャンプっぽく見えたでしょうけど当時はとにかく荷物を減らす事を優先して、銀色マットは持っていきませんでした。

まあ若かったのでコンクリートや岩の上でも寝袋だけで寝られたんでしょうね。

今なら腰痛、背中痛で翌日の走行にこたえそうです。

 

■空気枕

寝袋をしまう袋に着替えを入れて枕にもなりますが、小さいのでこれとは別に空気を膨らます枕を持って行きました。

どちらかというと高さのある枕が好きなので重宝しました。

 

■着替え

野宿での長期ツーリングの問題点は、洗濯が出来ない事です。

夏場のツーリングだと下着の換えや、雨に濡れた時に着替えるもの(特に靴下)はそれなりの枚数が入ります。

途中で宿に泊まれた時には、まとめて風呂で洗濯できるので助かります。

駅の洗面所で洗濯するのはマナー違反ですが、昔はローカル線の無人駅で野宿した時、早朝洗ってそのままバイクの荷台に括り付けて走りながら乾かした事があります。

でもこれはやめた方がいいですよ。

幹線道路を走っていると、乾くことは乾きますが車の排気ガスで白い下着がうすい灰色になるし、第一カッコ悪いです。

 

ざっとこれくらいの荷物をタンクバッグ、リアサイドBOX、そしてキャリアに乗せたザックに入れて野宿ツーリングに出かけました。

 

これらの荷物も生まれて初めて出る野宿ツーリングだったので、何が薬に立って、何が入らないか検討もつかず、適当に寄せ集めたものです。

その後、何度か野宿旅を重ね、荷物の捨拾選択が出来てくるともう少しスマートになってきました。

寝袋以外、特にキャンプ用、ツーリング用でなくても普段家で使っているもので十分実用的でした。

ただ「旅」に出る雰囲気を高め気分を盛り上げるには、やっぱりバイク用、ツーリング用のモノの方がかっこいいでしょうね。

 

次回は、人生初めての原付による東京からの東北一周野宿の旅、ツーリングを書いていきます。

 


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2008年4月10日 木曜日

CB50JX-1(2)、野宿で行く東北一周2週間の旅

今回は、原付50ccバイクで行った東北一周のツーリングの巻。

バイクに乗り始めてから、オートバイ雑誌をいろいろと読んだ。

「オートバイ」「モーターサイクリスト」「ヤングマシーン」「750ライダー」。。。

雑誌には読者が各地に旅行に行った時の旅行記=ツーリングレポートが必ず載っていた。

それまでの旅行と言えば家族で電車で行くものか、修学旅行くらいしかしていなかった自分だが、「がんばればどこへでも行ける魔法のじゅうたん」を手に入れた今、自分もどこかに「旅」をしてみたくなった

どうせ行くなら野宿がいい。

キャンプ用品はなにも持っていなかったから、とりあえず赤い寝袋だけ買った

原付のキャリアに積めるように少しフンパツして小型になるものを選んだ。

ルートについては、

1.当時父が長野に単身赴任しており、車で実家に戻っていた父と一緒に長野まで走る。

2.次に長野でクラブの合宿をしているのでこれに参加。

3.その後は新潟で日本海に出て、秋田-青森と周り、岩手-宮城-茨城と回って東京まで戻ってくるルートに決定した。

かかる費用は、合宿参加のペンション代のほかはガソリン代と食事代だけの予定だ。

初めて原付に乗り始めてから3ヶ月たった、1978年8月1日、リアキャリアに荷物を満載して父の運転する車と一緒に自宅を出た。

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タンクバッグの中は貴重品や地図、サイドバッグの中はバイクの修理道具や雨合羽、リアキャリアに積んだのは、防水対策&タープのかわりに使うバイクのボディカバーに包んだ寝袋と着替え。これで全部。

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原付の制限速度に合わせてもらって父の車の前をR254号線で長野を目指す。

天気は晴れ。

初めて関東地方を超えての遠出となった。

なんとか長野県佐久の父の赴任先に着き、父と祝杯。

翌朝、父に見送られ斑尾で合宿しているクラブ仲間のいるペンションを目指す。

国道117号から斑尾山を登るのだが、ふもとの飯山駅に来るだけでも50ccのエンジンには相当きつい。

雑誌で読んだのだが、空冷エンジンをより冷やすにはエンジンのフィンの面積を増やせばよいのでアルミの洗濯バサミを付けると良いと書いてあった。

(※これは多分効果はあまり無いでしょう)

そのとおり実践していたが、エンジンの熱ダレは厳しく足元が異常に熱い!

「斑尾山に登る前にこれはなにかでエンジンを冷やした方がいい」と勝手に解釈して、エンジンに水をかけて冷やそうと思った

(良いコはマネしない事)

水がないので仕方なく自販機でジュースを買ってこれをエンジンやエキパイに掛けた!!

(良いコは絶対にマネしない事)

ジュー!と音とともにエキパイが黒くなってしまった

水と違ってジュースには糖分がある。それが焦げ付いてエキパイやマフラーを焦がしてしまったのだ。

なんということか!

熱くなったエンジンを水で急に冷やすのも良くないが、ジュースは絶対に止めた方がいい

経験者が言うのだから間違いない。

結局、それほどひどくはなくすんだので、エキパイは金属磨き(ピカール)で磨いて元のようになった。

気を取り直して斑尾山を登る。

ほとんどローギアしか使えない。

なんとか辿り着き合宿に合流。

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二晩飲んで騒いで、翌朝皆で飯山まで降りてきた。

前回ブログの「飯山で疾走するCB50」はこの時撮影したものです。

あの写真では、腕の日焼けがいかに毎日バイクに乗っていたかをあらわしていますね。

ここで仲間と別れを告げ、また一人になって新潟の日本海を目指す。

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実は新潟には父方の実家のお墓があり、ここに墓参りに来るのが目的だった。

新潟には幼少時代に来て以来だ。

墓参りを済ませ、日本海沿いを北上、新発田、村上と進む。

昭和時代の秋田駅.jpg

夕方には秋田駅に到着。

今晩の宿はこの「秋田駅」だ。

駅で野宿することを「ステーションホテルに泊まる」と言っていた。

今はどうなんだろう?

実はこのブログのタイトル「野宿で行く~」とあるが実は野宿した回数は多くない。

この秋田駅が初めての寝袋利用だ。

写真は翌朝の風景だがここに写っている、
・バイクのライダーも
・自転車の旅行者(輪行者)も
・写真にないがバックパッカー(カニ族って今言わないの?)
みんな一緒に駅で野宿した仲間
です。

昭和時代の青森駅.jpg

さらに北上を続け、男鹿半島から青森県へ。

いよいよ本州最北まで来た。

「50cc原付でも、山があろうがガンバれば日本中どこでも行ける!」は実感できた。

青森駅でも野宿。

野宿するのも慣れてきた。

しかし秋田駅も青森駅も、さすがに30年前と今とではだいぶ変わったな。

青森駅で一緒になったライダーから「一緒に北海道を走らないか?」と誘われたがさすがにすこし疲れて風邪を引きそうな気配があったので
残念ながら辞退した。

実はいまだにこの事を後悔している

というのもあれ以来、バイクで北海道を走る機会が無いのだ。

この時、少し無理してでも北海道に渡っていれば。。。

そう思うとちょっぴり残念である。

でもハーレーに乗っている今こそ、北海道に行きたいと強く思う

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青森から太平洋側に移動し、岩手から東京を目指す。

最終日は気仙沼から東京まで約500kmを一気に帰ってきた

朝バイクで出発したのが6時頃、それから食事の時だけ休憩して家に着いたのが夜の8時過ぎ、なんと14時間バイクに乗り、
一般道をひた走った。

おかげでお尻はあせもだらけ。

さすがにこれ以上のツーリングはキツイと思った。

でも今回のツーリングでまた一段とバイクが好きになった。

「自分がガンバって走った分だけ、行きたい所に行ける!」そんなバイクのツーリングは素敵だと思う

今回のツーリングではバイクのパンクやエンジン不調等のトラブルもなくまた天候にも恵まれたため、初めてのツーリングだったからこその感想かもしれない。

このバイクは非常に燃費のいいバイクで、リッター60km以上走った

どんなに悪くても50km/lを下回る事は無かった。

燃料タンクは6.3lだったので満タンで300km以上走ることができた。

当時、ガソリンは70円台だったので満タンにしても500円でお釣りがくるほどだった。

CB50JX-1は約1年乗っていたが、翌年ホークCB250Tに乗り換えることになった。

でも私をバイクという新しい世界に連れて行ってくれたバイクだけに思い出深いものがある。

いまだに当時のパンフレットは大事にとってある。

この「東北一周」のツーリングの想い出とともに。


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2008年4月9日 水曜日

昔乗ってたバイク-CB50JX-1(1)

この記事はハーレーとはちょっと離れて私のバイクの歴史を自分自身の覚え書きとして記録に残しておこうと思う。

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長野県飯山駅構内で疾走するCB50JX-1「若い頃はやせてたなぁ。。」

当時は原付はノーヘルでOK、ナナハンも30km/h制限の道路はノーヘル可だった。

 

最初にバイク(原付)に乗ったのは今から30年前の1978年4月、春の事だった。

はじめはバイクでなく自転車を買おうと思っていた。

自転車は子供の頃乗ったきりでその後ずっと乗っていなかった。

しかし20歳になっていた私は「自分の足でこぐ自転車も面倒かな」と思い、「それならエンジン付きで楽が出来るし、簡単に取れそうな原付免許を取得してバイクに乗ろう」と考えた。

行き先は近所の買物や(当時よく行っていた)アキバ通いくらいしか考えていなかった。

本屋で原付免許の本を買って1週間ほど勉強してすぐに試験場に行った。

学科試験だけで免許はすぐに取れた。

ただし当時は即日交付ではなく1週間(?)くらいしてまた試験場に受け取りにくるか、郵送で送ってもらうシステムだった。

早く免許が欲しかったので後日電車に揺られて1時間、初めて手にした免許はとてもうれしかった!

さて免許は取れたけど乗るバイクはどうするか?

当時は結構50ccバイクのオン・オフロード車が各メーカーから発売されていた。

ホンダ:CB50、XE50、DAX、ノーティDAX、モンキー、TL50、
ヤマハ:RD50、GR50、GT50、TY50、
スズキ:マメタン、TS50(ハスラー)
(※かなりいいかげんな記憶なので間違っているかも)

よりどりみどり、色んなタイプのバイクがあった。

ただしカワサキだけは50ccを販売していなかったような気がする。

実は免許を取る前から購入するバイクは決めていた。

私の中では「オートバイ=ホンダ」みたいな図式があって(単純!)ホンダの50cc原付の中で一番オートバイっぽく見えるの「ホンダベンリー CB50JX-1」だった。

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知り合いのバイク屋に注文して納車の日も決まった。

しかしここで大きな問題があった!

生まれてこのかた、バイクなんて乗ったことがない。

「ギアとクラッチの操作」は「原付の操作法」みたいな本で勉強しただけ。

いきなり実際に乗って車がビュンビュン走っている都心部を通って帰ってくる自信がない。

そんな訳で私の記念すべき初めてのバイクの納車は軽トラの荷台に積まれて我が家にやってきた。

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生まれてはじめて自分の足ではない、他の力(=エンジン)で走る「乗り物」を手に入れた感動は、実はハーレーを買った時よりも大きかった!

一通りの操作方法を教えてもらい、いよいよエンジンスタート。

「左手でクラッチレバーを握って、左足のつま先を下げてギアを1速にする。

 右手のアクセルを少しづつ回しながら左手のクラッチレバーを少しづつ離していく」

いちいち操作を頭で考えながらであったが、バイクはするすると動き出した。

まだカーブは出来ないので、まっすぐ進んでは降りてUターン。このくり返しでとりあえずは家の周りをまわっていた。

でもすごく楽しい!

「こんな楽しいのに、近所の買い物だけではもったいない!」

「電車の線路や時刻表に縛られず、行こうと思えば日本中のどこでも行けるんだ!

そう思ってしまえば、もうバイクの虜

時間だけはたっぷりある学生の身、納車の翌月からは毎日のようにどこかに出かけていた。

大学に行くのもバイクで行ったこともある。

一番よく行ったのは「奥多摩有料道路」。

以前のブログにも書いたが、ここは現在無料の「奥多摩周遊道路」だが当時は有料道路だった。

50ccの原付ではここの山(?)でさえ1速か2速にしないと登らなかった。

でもここを走りこんだおかげでギアチェンジとライン取りだけはかなり上達したと思う。

(そのためにかなりの額の通行料を収めたことか)

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あとは友人と江の島へもよく行った。なんとなくバイク=湘南のイメージもあったのかな。

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ほかにも日の出を見に深夜、原付3台で千葉の犬吠埼を目指したこともあった。

すごく寒くて、途中で古新聞をウェアやズボンの下に巻いて寒さに震えながら一路灯台を目指した。

(新聞紙って結構優秀な防寒用品なんですよ。昔のライダーは古新聞とガムテープは必需品でした)

バイクに乗っていて、幸い大きな事故には遭わなかったが半年ほどたった時に一度だけ危険な目にあった。

停車している自動車を追い越して行こうとして第2車線に入ったところ、後ろから来た乗用車も第2車線に入って私のバイクを追い越そうとしたためこれを避けるために左(停車車両側)に逃げたため、バイクの左ステップが車のタイヤにあたり、ステップは斜め後ろに折れ曲がり、左足の甲の骨にヒビがはいってしまった。

無理な追い越しをした車はそのまま逃げてしまった。

とりあえず足の激痛に耐え、近所の薬局で湿布を買って痛みを押さえながら家まで3時間かけて帰ってきた。

左足の甲に痛みがあるため、通常のギアシフトが出来ず、かかとでシフトダウンとかき上げを行った。

家に帰ってすぐに接骨院に行ったところ骨折と診断された。

ひと月弱、松葉杖の生活を余儀なくされた。

通学で駅の階段の登り降りがかなりつらかった。

仕方なく、バイクの荷台に松葉杖を載せてバイク通学した。

「これなら行き帰りとも座って行ける!」

ギアシフトの問題は、バイク屋でスーパーカブのロータリー用のシフトレバーに付け替えた。

これならかかとでのシフトチェンジも楽だった。
(結局、今のハーレーのシフトレバーと同じなのだ!)

当初の使用目的の「近所の買い物」だけでは飽き足らずとうとう「50cc原付、野宿で行く東北一周2週間の旅」を実行した。

その内容は次回に記録します。


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プロフィール

 

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メカ好きおじさん

・40年前原付、中型二輪取得
・CB50で東北野宿一周
・250cc四国・九州3週間5万円野宿
・38都道府県制覇
・XL250オフ後、再度オンロード
・KAWASKI2スト最後に降りる
・16年ブランク後リターン
・50歳で大型二輪免許取得
・ハーレーFLSTCにペアライド中

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