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2020年3月18日 水曜日

ツーリング中に出逢った日本各地の人々

最近の私のツーリングはソロかタンデムがほとんどです。
以前は友人たちや職場の仲間、ハーレーのディーラーや免許を取った教習所のツーリングクラブのメンバーと走ることもありましたが、やは自由気ままに走ったり景色を眺めたり休憩したりしたいので大勢で行くことは減ってしまいました。

それでもツーリング先で初めての方に話しかけたりお声がけいただくことは楽しいですね。

ソロだとお声がけされることも多い一方、やはりタンデムで回っている時は相手の方も遠慮してか話しかけてくることは少ないですがそれでも北海道ツーリングでは思わぬ出会いもありました。

2016年の北海道タンデムツーリングで「道の駅風Wとままえ」で休憩して日帰り温泉に入り、周りを散策していた時に105周年記念カラーリングのハーレーの方からお声がけいただきました。
ずっと前に私が東京モーターサイクルショーで講演した時からブログやツイッターでやり取りしていた「モモちゃん」さんでした!
ツイッターで見て同じ時期に北海道に来ていることはわかっていましたがこんな場所でお会い出来るなんてうれしいかったですね。

「北のにしん屋さん」で昼食を取った時はツーリング中のライダーも大勢来ていました。
食事が終わって出発する準備をしていたら少し離れたところに停まっていたライダーの方がやってきて声を掛けてきました。
「メカ好きさんですよね!?」
ブログを見ていただいていてこっちの方に来られていると知って、載っていたハーレーを見てお声がけいただきました。
うれしくなって記念撮影させていただきました。

道道66号線でニセコパノラマラインに入る頃、雨がポツリポツリと来ていました。 さらに進むと雨が強くなってきましたので道端にバイクを停めてレインウェアを着込みました。
奥さんと二人レインウェアを着て出発準備をしている時に、反対車線に一台のジムニーが停まり運転されていた方が降りてきました。
そして私達の方に近づいてきて、「メカ好きおじさんですよね!? こっち方面に来ていると書いてあったのでもしかしてと思って声を掛けました。」
「探してきた訳ではなくて今日は自転車のレースがあるのでそれを見に来たんです!」
雨の中わざわざクルマから降りてきてお声がけいただけるなんてうれしいです。

ドーミーイン旭川で朝食を食べている時に近くの席に見覚えのある方を発見!
新潟のフェリー乗り場で「ブログ見てますよ」お声がけいただいたCB1100のライダーさんでした。
北海道を旅する方の周るルートや泊まる宿も似てくるんですね。
ホテル横に停めた私のバイクの横に停めてあったのがこのライダーさんでした。
お互い、安全運転で楽しみましょう!と挨拶してお別れです。

ここからは昔のツーリングでの「出会い」です。

41年前1979年の四国九州野宿旅の時です。
フェリーに乗って淡路島から生まれて初めての四国、徳島に到着しました。 徳島のフェリー港に着いたのは夕闇もすでに暗く暮れかかった時刻でした。

この時フェリーから降りたバイクは三台。 ホンダCB750KとSR400、そして私のホークです。
もう日も暮れて暗くなってきたので野宿する場所を探すのも大変そうでした。
それに一緒になった二人のライダー、名古屋のCB750Kさんと大阪のSR400さんと一緒にどこかに泊まろうという事になりました。
しかしちょうどその日は徳島県最大イベント「阿波踊り」の真っ最中の日、当然こんな日のこんな時間に空いている宿はなく、途方にくれるライダー三人。

「こんな時は地元のタクシーの運転手に聞くのが一番。 どこか空いている宿はないか、それに交渉までお願いするのがいいだろう」という事になって港に停まっていたタクシーにお願いします。 何軒か電話してくれるもほとんど全滅状態。

そんな中ようやく一軒だけ「部屋は空いてないけど困っているようだから布団部屋でよければ泊まらせてあげるよ」と言ってくれた民宿が見つかりました。
小躍りした私たちはタクシーの後にバイク三台繋がって隣の小松島港の民宿「みはらし」さんに泊まることが出来ました。

当然夕食など用意してもらえないので、ライダー三人でその辺の定食屋に繰り出し、はじめてあったばかりの人間ですが、そこは三人とも「バイクでの旅好き」という共通の話題で夜がふけるまで盛り上がっていました。
結局用意してくれていた布団部屋にもぐり込んだのもかなり夜が更けてからだったような記憶が、、、あまりありません(笑;
翌朝、それぞれ向かう方向がばらばらの三人、三台。
一緒に写真を撮ってお互いの安全を願いながら手を振って走り去っていきました。

当時のツーリングバイクには、今のようなハードのバニアケースを乗せている人はほとんどいなくてバッグに荷物を積んでいました。
そのかわりコロナのタンクバッグは定番でしたね。

長崎市内観光の途中からは、浜松からツーリングでGL400で来ていたシバタ君とずっと一緒に回りました。
一緒に回る人がいるのも楽しいし、ついつい写真が多くなってしまいました。
「長崎来たからには本場ちゃんぽんが食べたい」という彼のリクエストで、二人で長崎ちゃんぽんのお店に入りました。
この時の長崎ちゃんぽんが私の初ちゃんぽんであり、実はこの信州・関西・四国・九州ツーリングで唯一食べたご当地グルメだったのは、恥ずかしくてとてもブログには書けません。。。ははは
市内観光が一通りすんだところで彼に別れを告げ、佐世保を通って一気に福岡まで行きました。

鳥取砂丘でライダーブーツの中を砂まみれにして登って雄大な風景を堪能した後、日本海岸沿いに沿って走る事にしました。
その途中で出会った旅人、ヤマハGXクンです。

そして何度も登場した古い秋田駅の写真です。
秋田の駅で野宿した時に、駅に居たライダーやチャリダー、カニ族の人たちと駅チカの居酒屋でそれぞれの旅の自慢話で盛り上がりました。
「自分の足だけで日本各地を歩くのが一番思い出に残る」という大きなリュックを背負ったカニ族さんたち。
「いやいや自転車を畳んで電車で輪行も出来る自転車の方が行動範囲も広くていろんな場所に行ける」チャリダーさん。
「でもやっぱり風を感じて日本中に行けるバイクが最高!」と私達。。。
手段はともかく「野宿しながら日本各地を自分の目で見て感動する」という思いは同じという結論に。
この写真はその翌朝、出発前のものです。

出会いではないですが、バイクで日本各地を回っている時には地方にいる友人知人宅に立ち寄ることも多かったですね。
地元近くに着いてから電話をしてこれから行ってもいいですか?と聞くとみなさんびっくりされました。 「こんなとこまで一人でバイクで来たの?」
今と違ってナビやスマホなど無い時代、住所と全国地図だけを頼りにお宅訪問です。
これは大阪の親戚を訪ねた時です。

ほかにも旅人たちではない「出会い」もたくさんありました。

九州鹿児島を走っている時、台風にあいました。
さすが雨の中、屋根があるところでも湿っぽいのは嫌なので野宿をあきらめ、ユースホステルに泊まることにします。 電話ボックスにあった電話帳で探して今晩泊まれるか確認したところOKとの返事をいただきほっと一安心。
今のようにスマホがあればもっと簡単に検索して予約確認出来たでしょうね。
当時はライハ、ライダーハウスなんてものはなかったので安く泊まろうとすると民宿かYHを探すしかなかったと思います。
実は、この時がYH、ユースホステルも初めての経験でした。
システムとしては会員だけが泊まれるYHと会員でなくても泊まれるYHがあるというのはバイク雑誌に載っていたツーリングレポートで読んで何となく知っていました。
桜島ユースホステルは会員でなくてもOKのところだったのが幸いでした。。
YHは基本的には毛布だけは持参が原則ですが、当然野宿の私は持っていませんので、そんな人は有料で毛布を借りて泊まりました。
遅く入ったので夕食は無理でしたので、外に出て教えてもらったお店まで行って簡単な食事を取ることができました。
YHは基本的に複数人での相部屋、原則男女別で今はわかりませんが当時はYHによっては夫婦でも男女別の部屋になったそうです。
夜はミーティングがあって自己紹介、でもどんな事をしたかほとんど覚えていません。
その後はパンク修理と凄い雨で疲れていたので早めに休んでしまいました。

これも何度かこのブログに登場した九州の折口駅
この日の夜、寝袋を広げて休む準備をしているとこの無人駅に地元のおじさんが近づいてきた。
「ココで寝泊まりされては困る!」とかなにか注意されるのかと身構えていると、むっつりした顔で「どこから来た?何してる?」と聞いてきました。
そう言われても最初に思った事は、「よかった!この人は言葉が通じる!」(鹿児島で地元のおまわりさんに声をかけられた時は方言が聞き取れませんでした)
「東京からバイクで来て野宿の旅をしています。 今晩はこの駅で泊まらせてもらうつもりです」と言うと、
「それならウチに来い。寝るとこも食事もある」と言ってくれました。
ちょっとびっくり、でも凄くありがたい申し出でしたが、当時の私はまだ他人の家にズカズカ上がりこんで泊めてもらうほどの度胸はなかったのでお礼を言って辞退してしまいました。
おじさんはしきりにすすめてくれましたが、しまいに「まあ気が向いたらおいで」と言って帰って行かれました。
今だったらホイホイ喜んでズカズカ上がり込んで食事に甘えてしまい、いっぱいお話したかったですね。
そうできなかったこれもこの旅の残念な思い出です。
でもやはり旅をしていると人様の親切がホントに実感出来てうれしいですね!


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2020年3月7日 土曜日

ソロツーリング時の野宿キャンプで怖かったコト

近年はソロキャンプが人気でドラマやアニメ、テレビでもよく見られますね。
特にひと気の少ない冬の間のキャンプを好むキャンパーも多いようです。
さらには女子キャンパーも増加しているとか。

オジサンとしてはそんな状況で一人でキャンプをして危ない目に合わないかなとちょっぴり心配になります。

私が40年以上昔の学生時代に、ソロでバイクに乗って青森から鹿児島まで日本中を回っていた時は、テントを使わずに寝袋を使って野宿をしていました。
寝ていた場所は、駅だと青森駅や秋田駅、京都駅などといった大きな駅から地方路線の無人駅など。


 ↑ これは秋田駅で寝た時の翌朝で、前の晩は写っているライダーやチャリダー、カニ族の方と飲んでました。


 ↑ こちらは鹿児島県の無人駅で寝た時です。

他にも神社やお寺、公園(広島の平和記念公園も寝たなあ)や街道添いの無人のコインスナックなどいろいろでした。

当時、そんな場所で野宿していると多少は怖い目にあった事もあります。

大きな駅で寝ていた時は夜中に鉄道公安官の方から質問を受けた事は何度もありました。 ターミナル駅で寝ていた時(「ステーションホテル泊」笑い)は、出勤ラッシュが始まる前、4時前には洗顔を済ませて出発しました。

無人駅で寝ていた時は、夜中に視線を感じて寝ているベンチで目が覚めたら野良犬がこちらをのぞき込んでいたとか。 まあ地方の無人駅だと地元の方が夕食に誘ってくださった事もありますけど。

街道添いのコインスナックだと、夜中に暴走族の集団がやってきて起こされた事もあります。

最初に書いたようなキャンプ場で寝る場合なら、こんな事はないでしょうけどそれでもイロイロ気になりますね。

私も結婚してからは一人でバイクでの野宿旅をする事はなくなって、30数年前に流行ったオートキャンプにハマりましたね。

最初に友人家族と黄色いワーゲンビートルでキャンプに行った時はまだテントを持っていなくて、友人のご主人と二人でランクルの車内で寝ました。

その後アウトドア用に初代パジェロに乗ってからは少しずつキャンプ道具を集めて楽しんでいました。

最終的には大きなロッジ型テントにコールマンで一式揃えていました。

現在はハーレーでタンデムツーリングに出る時は泊りがけでもキャンプではなくホテルに泊まってばかりです。
でも夢としては、一度は北海道を1週間とか期限を決めずに昔のように自由気ままに好きな日数だけキャンプしながら回ってみるのも楽しそうですね。 まあ体力的に耐えられるかどうか心配ですけどね。


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2020年1月10日 金曜日

原付きで行った東北一周2週間の野宿ツーリング

今年、東北ツーリングを計画しているのは計画しているのは書いたとおりですが、今から42年前の1978年に一度東北一周のツーリングに行ってきた事があります。 その年の4月に初めてバイク(原付)の免許を取って4ヶ月も経たない内に生まれて初めてのバイクでの野宿ツーリングを決行しました。

この記事はその時の事を、12年前の2008年に書いたものを一部手直ししたものです。

今回は「原付50ccバイクCB-50JX1で行った東北一周のツーリング」の巻。

バイクに乗り始めてから、オートバイ雑誌をいろいろと読んだ。 「オートバイ」「モーターサイクリスト」「ヤングマシーン」「750ライダー、とこれはコミックか」。。。
雑誌には読者が各地に旅行に行った時の旅行記=ツーリングレポートが必ず載っていた。
それまでの旅行と言えば家族で電車で行くものか、修学旅行くらいしかしていなかった自分だが、「がんばればどこへでも行ける魔法のじゅうたん」を手に入れた今、自分もどこかに「旅」をしてみたくなった。

どうせ行くなら野宿がいい。
キャンプ用品はなにも持っていなかったからとりあえず赤い寝袋だけ買った。 原付のキャリアに積めるように少しフンパツして小型になるものを選んだ。

ルートについては、
1.当時父が長野に単身赴任しており、車で実家に戻っていた父のクルマと一緒に長野まで走る。
2.次に長野で大学のクラブ仲間が合宿をしているのでこれに参加。
3.その後は新潟で日本海に出て、秋田-青森と北上して岩手-宮城-茨城と回って東京まで戻ってくるルートに決定した。

かかる費用は、合宿参加のペンション代のほかはガソリン代と食事代だけの予定だ。

日帰りではない初めての泊まりのツーリング、荷物はどれくらい持って行けばいいのかよくわからず積めるだけ積んでいった。 50ccの小さなバイクにリアのキャリア、左右サイドにはハードボックスを付けたけど容量はあまり入らない。
タンクバッグの中は貴重品や地図、サイドバッグの中はバイクの修理道具や雨合羽、リアキャリアに積んだのは、防水対策&タープのかわりに使うバイクのボディカバーに包んだ寝袋と着替え。これで全部。

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当時はカーナビなんてものは無く、ルートを確認するのはメーターの上に付けたコンパス(方位磁石)と全国道路地図が頼りです。 これだけで方角を決めて走り、留守宅の家族への連絡は公衆電話のみ。 原付だから高速道路には乗れないけど有料道路を走る際には小銭が必要です。 これもETCはないのでコインクリップをハンドルに付けて対応していました。
今のツーリングと比べるとずいぶん不便に思えますが、この頃はこれが当たり前のことでした。

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初めて原付に乗り始めてから3ヶ月たった、1978年8月1日、リアキャリアに荷物を満載して父の運転する車と一緒に自宅を出た。
原付の制限速度に合わせてもらって父の車の前をR254号線で長野を目指す。

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天気は晴れ。
初めて関東地方を超えての遠出となった。
下の写真は碓氷峠あたりかと思います。

なんとか長野県佐久の父の赴任先に着き、父と祝杯。

翌朝、父に見送られ斑尾高原で合宿している大学のクラブ仲間のいるペンションを目指す。
国道117号から斑尾山を登るのだが、ふもとの飯山駅に来るだけでも50ccのエンジンには相当きつい。 雑誌で読んだのだが、空冷エンジンをより冷やすにはエンジンのフィンの面積を増やせばよいのでアルミの洗濯バサミを付けると良いと書いてあった。(これは多分効果はあまり無いでしょう)
そのとおり実践していたが、エンジンの熱ダレは厳しく足元が異常に熱い! 「斑尾山に登る前にこれはなにかでエンジンを冷やした方がいい」と勝手に解釈して、エンジンに水をかけて冷やそうと思った(良いコはマネしない事) 水がないので仕方なく自販機でジュースを買ってこれをエンジンやエキパイに掛けた!!(良いコは絶対にマネしない事) ジュー!と音とともにエキパイが黒くなってしまった! 水と違ってジュースには糖分がある。それが焦げ付いてエキパイやマフラーを焦がしてしまったのだ。 なんということか! 熱くなったエンジンを水で急に冷やすのも良くないが、ジュースは絶対に止めた方がいい。 経験者が言うのだから間違いない。 それほどひどくはならずに済んだので、帰宅後エキパイは金属磨き(ピカール)で磨いて元のようになった。

気を取り直して斑尾山を登る。 ほとんどローギアしか使えない。 なんとか辿り着き合宿に合流。

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二晩仲間たちと飲んで騒いで、翌朝皆で飯山まで降りてきた。
この写真は飯山駅で「疾走するCB50」 当時は原付きはノーヘルでもOKだった。 腕の日焼けがいかに毎日バイクに乗っていたかをあらわしていますね。

ここで仲間と別れを告げ、また一人になって新潟の日本海を目指す。 新潟には父方の実家のお墓があり、ここに墓参りに来るのが目的だった。 新潟には幼少時代に来て以来だ。

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墓参りを済ませ、日本海沿いを北上、新発田、村上と進む。

CB50JX-1

夕方には秋田駅に到着。 今晩の宿はこの「秋田駅」だ。 
駅で野宿することを「ステーションホテルに泊まる」と言っていた。 今はどうなんだろう?

昭和時代の秋田駅.jpg

実はこのブログのタイトル「野宿で行く~」とあるが実は野宿した回数は多くない。 この秋田駅が初めての寝袋利用だ。

写真は翌朝の風景だがここに写っている、バイクのライダーも自転車の旅行者(輪行者)も写真にないがバックパッカー(カニ族って今言わないの?)
みんな一緒に駅で野宿した仲間です。

さらに北上を続け、男鹿半島から青森県へ。 いよいよ本州最北まで来た。 「50cc原付でも、山があろうがガンバれば日本中どこでも行ける!」は実感できた。 青森駅でも野宿。 野宿するのも慣れてきた。

昭和時代の青森駅.jpg

しかし秋田駅も青森駅も、さすがに30年前と今とではだいぶ変わったな。

青森駅で一緒になったライダーから「一緒に北海道を走らないか?」と誘われたがさすがにすこし疲れて風邪を引きそうな気配があったので
残念ながら辞退した。 この時、少し無理してでも北海道に渡っていれば。。。 そう思うとちょっぴり残念である。
あの時北海道に渡っていれば日本一周制覇が出来ていたはずだった。 その後、34年経って2012年になってようやくハーレーで奥さんとタンデムで初北海道ツーリングに行ったのはすでに書いたとおりです。

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青森から太平洋側に移動し、今度は南下しながら岩手から東京を目指す。

最終日は気仙沼から東京まで約500kmを一気に帰ってきた。 朝気仙沼のフェリーターミナルで野宿してバイクで出発したのが6時頃、それから食事の時だけ休憩して家に着いたのが夜の8時過ぎ、なんと14時間バイクに乗り一般道をひた走った。 おかげでお尻はあせもだらけ。 さすがにこれ以上のツーリングはキツイと思った。

でも今回のツーリングでまた一段とバイクが好きになった。
「自分がガンバって走った分だけ、行きたい所に行ける!」そんなバイクのツーリングは素敵だと思う。
今回のツーリングではバイクのパンクやエンジン不調等のトラブルもなくまた天候にも恵まれたため、初めてのツーリングだったからこその感想かもしれない。

このバイクは50ccの原付きということで非常に燃費のいいバイクで、リッター60km以上走った。 どんなに悪くても50km/lを下回る事は無かった。 燃料タンクは6.3リットルだったので満タンで300km以上走ることができた。 当時、ガソリンは70円台だったので満タンにしても500円でお釣りがくるほどだった。

CB50JX-1は約1年乗っていたが、翌年ホークCB250Tに乗り換えることになった。
でも私をバイクという新しい世界に連れて行ってくれたバイクだけに思い出深いものがある。 いまだに当時のパンフレットは大事にとってある。 この「東北一周」のツーリングの想い出とともに。


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プロフィール


メカ好きおじさん写真
メカ好きおじさん

・41年前原付、中型二輪取得
・CB50で東北野宿一周
・250cc四国・九州3週間5万円野宿
・38都道府県制覇
・XL250オフ後、再度オンロード
・KAWASKI2スト最後に降りる
・16年ブランク後リターン
・50歳で大型二輪免許取得
・ハーレーFLSTCにペアライド中


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